
介護現場に少し慣れてきた頃、
「このまま介護の仕事を続けるべきなのだろうか」
「わざわざ勉強してまで、介護福祉士の資格を取る意味はあるのだろうか」
と、今後のキャリアについて迷う方は多いのではないでしょうか。
「介護福祉士を取得したら給料は上がるのか」
「仕事の負担や、勉強の大変さに見合うだけの価値があるのか」
このような疑問を抱えながら、日々の業務をこなしている方も少なくないはずです。
そこで本記事では、介護福祉士を取得し、実際に老人保健施設での勤務を経験した筆者が、現場の実体験をベースに、介護福祉士資格取得後に変わる責任や、業務負担の変化まで、現場のリアルをお伝えします。
目次
介護福祉士を取得するメリット:現場で役立つ判断力が身につく

介護福祉士を取得するメリット:現場で役立つ「判断力」が身につく
介護福祉士を取得して一番大きく変わるのは、日々のケアに対して「なぜそのケアをするのか」を根拠を持って考えられるようになることです。
この「根拠を持って考えてケアをする力」は、一過性のものではなく、職場(施設)が変わっても活かせる、大きな強みになります。
介護の現場は常に忙しく、日々の業務に追われがちです。
そのため、先輩から介助の手順は教えてもらえても、「なぜその介助方法なのか」という理由(根拠)までは詳しく説明されないことも少なくありません。
しかし、理由を知らないまま形だけを覚えていると、現場で思わぬ壁にぶつかることになります。
事例1:排泄介助の場面
たとえば、汚染パッドを交換する際、基本の研修などでは「おしり側(後ろ)から引き抜く」と教わります。
しかし、「なぜ後ろから引き抜くのか」という理由を知らないと、ご利用者様の体勢が崩れていつも通りに引き抜けないときに、どう対応すればいいか判断できなくなってしまいます。
汚染された部分が尿道に触れると、尿路感染症のリスクが格段に高まります。
だからこそ、「おしり側(後ろ)から引き抜く」のが鉄則なのです。
この知識があれば、ご利用者様の体勢が崩れた場面でも「汚れを尿道に近づけないためにはどう動かせばいいか」という観点から、自分で正しい方法を判断して動くことができます。
事例2:食事介助の場面
食事介助も同様です。
「なぜその姿勢で介助するのか」を知らないと、ご利用者様の体が傾いたり、頭が上がった状態(顎が上がった状態)になったりした際に、誤嚥(ごえん)や窒息といった、重大な介護事故につながりかねません。
介護事故を防ぐためには、これらの視点を持つことが大切です。
- 両足は床にしっかりと着いているか(骨盤を安定させ、咀嚼しやすくするため)
- 頭部が過度に挙上していないか(気道が開き、誤嚥しやすくなるのを防ぐため)
この視点があることで、ご利用者様の変化にいち早く気づき、「今この状態で続けて大丈夫か」をその場で正しく判断できるようになります。
介助手順を知っているだけでは、イレギュラーなことが起きたときに介助が止まってしまいます。
介護事故の防止だけではない、1人ひとりに寄り添うケア
自分で判断できるようになるメリットは、介護事故を防ぐ場面だけにとどまりません。
ご利用者様1人ひとりの個性に合わせた、本当の意味で寄り添ったケアができるようになります。
例えば、普段は無口な方への対応を考えてみましょう。
「もっと自発的に関わらないと」とスタッフが近づきすぎてしまうと、ご利用者様にとってはそれがプレッシャーやストレスになり、かえって不穏につながることがあります。
そこで根拠を持って「あえて声かけを減らし、少し離れたところから見守る距離感」を選ぶことで、ご利用者様に安心感を持っていただけることもあります。
介護福祉士取得後に感じた「理想と現実のギャップ」

一方で、介護福祉士を取得したからといって、良いことばかりとは限りません。
ここで一度、起こりうる懸念点についてもお伝えしておきます。
もっとも大きなギャップとして挙げられるのが、「増える責任」に対して「給料(待遇)」が見合っていないと感じる瞬間があることです。
介護福祉士を取得すると、業務上の責任は一気に重くなります。
しかし、それに対して支給される資格手当は数千円〜1、2万円程度、夜勤手当を含めても「手取りで月20万円台半ば」というのが実情です。
地方によっては、さらに厳しい水準になるケースも少なくありません。
資格の取得によって「担う責任」は一段と増す
即時的かつ大幅な給与アップが難しい一方で、介護福祉士を取得すると、現場で求められる責任の重さは確実に変わります。
たとえば、施設で「お花見イベント」を企画・運営したときのことです。
まず「どなたが現実的に参加できるか」を決める段階から始まります。
長期臥床(寝たきり)の方の中には、外出が難しい方もいらっしゃるため、室内に春らしい生花を飾るなど、季節を感じられる環境を整えました。
そのうえで、歩行介助が必要な方や車椅子の方を中心に、4〜5名でお花見ができる近所の公園へご案内することになったのです。
イベントを安全に進めるためには、以下のようにいくつもの細やかな配慮や判断が必要になります。
食事の配慮
事前に栄養士と相談してお弁当を手配しましたが、ちらし寿司や茶碗蒸しといったメニューをそのまま全員にお出しできるわけではありません。
刻み食やミキサー食への変更が必要な方、塩分制限がある方もいらっしゃいます。
医師の指示や食事形態の情報を確認するだけでなく、
「水分による浮腫(むくみ)が目立っていないか」
「飲み込みの機能が低下していないか」
「義歯が合わずに口腔内が発赤していないか」
など、日々の変化と照らし合わせて、目の前のご利用者様に合った形態で間違いないかを現場で最終確認する必要があります。
排泄の準備
外出前にはいつもよりトイレ誘導の回数を増やし、おむつ交換を頻回に行うことを事前に決めておきます。
また、外出に備えて排尿量が多い方はパッドのサイズを大きめに変えたり、パッドを蛇腹状に折って隙間からの漏れを防ぐ当て方を職員へ周知するなど、細かい準備も欠かせません。
同じ車両に乗り合わせる外出では、万が一の失禁がご本人の羞恥心につながってしまいます。
尊厳を守るための準備が、花見ひとつにとってもここまで求められるのです。
「知らなかった」では済まされない、命を預かる専門性
こうした総合的な判断は、花見のようなイベントに限った話ではありません。
日常のケアの中でも、常に同じような思考が求められます。
そしてこのような責任は、正社員だけが負うものではありません。
パート職員であっても、介護福祉士というプロの資格を持っている以上、現場では全く同じ専門性と責任が求められます。
例えばおやつの場面で、ゼリー状の食べ物しか食べられないご利用者様に固形物を渡してしまった場合、窒息や誤嚥につながる可能性があります。
実際に、食事形態の誤りで、業務上過失致死罪に問われた事例もあります。(※1)
「知らなかった」では済まされない場面が介護の現場には存在するのです。
冒頭でお伝えした通り、これだけの責任を背負いながら、介護福祉士の資格手当は数千円~1、2万円程度です。
資格取得にも数万円の費用と相当な学習時間がかかることを考えると(※2)(※3)、「割に合うのか」と感じる方がいるのも無理はありません。
介護福祉士の取得とは、見方を変えれば、『自分自身に求められる責任とリスクが増える選択』でもあるのです。
介護福祉士の取得が向いている人・向いていない人の特徴

介護福祉士の取得が向いているかどうかは、能力よりも『経験や考え方』で分かれると感じています。
身近な人の死や病気、人生の先輩たちの生き様に、真摯に向き合いたいと思える人は、非常に向いているといえます。
そのようなマインドを持つ方は、ご利用者様の「残された時間」をどのように豊かにできるか、本人の意思をどう尊重すべきかを常に考えられる資質を持っています。
資格の勉強を通じて根拠を学ぶことで、その想いを「確かな技術と判断力」という形にして現場に還元できるでしょう。
一方で、「1〜2年の短期間で、とにかく一気に収入を大きく増やしたい」と考えている方にとっては、少し優先度が低いと感じられるかもしれません。
せっかく資格を取得しても、職場や地域によっては、手当の額が生活実感を大きく変えるほどではなく、投資した時間や費用(数万円の受験費用や学習時間)に見合わないと感じてしまうケースも少なくないからです。
とにかくすぐに収入を上げたいという方は、さらに条件が良い施設に転職したり、夜勤の回数を増やしたりすると良いかもしれません。
介護福祉士の取得はあなたの状況で判断する
介護福祉士の取得には、メリットとデメリットの双方が存在します。
そのため、一概に「全員が絶対に取るべき」とは言えません。
今の職場で長く働き続ける意思があるか、あるいはスキルアップにやりがいを感じられるかどうかを、まずは自分自身に問いかけてみてください。
ただ、一つ確実に言えるのは、介護福祉士を取得することで「自分で判断して動ける幅」は確実に広がるということです。
それが今の自分に本当に必要かどうかは、置かれた状況や目指すキャリアによって変わってきます。
もし、「今の職場の環境も見直したい」「もっと自分に合った場所で力を発揮したい」と感じているなら、介護福祉士の資格は大いに役立ちます。
資格を持っているだけで、選べる施設(職場)の選択肢が格段に広がりますし、あなたのこれまでの努力を証明する強力な武器になります。
だからこそ、周りの意見に流されるのではなく、あなた自身のこれからの人生や「どんな介護をしていきたいか」という想いに合わせて、取得するかどうかをじっくりと判断してみてください。
この記事が、あなたのこれからのキャリアを支える一助となれば幸いです。
※1出典:Yahooニュース特集アーカイブ記事一覧 食物を誤ってのみ込む事故死 高齢者施設で続く理由とはより引用。
※2出典:公益財団法人 社会福祉振興・試験センター 資格登録(社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士)より引用。
※3出典:生涯学習のユーキャン 2.介護福祉士試験合格に必要な勉強時間とは? 勉強時間の目安より引用。
用語解説
- 尿路感染症…尿の通り道である尿道口から菌が侵入し、体内で繁殖する感染症。
- 誤嚥(ごえん)…飲食物や唾液を飲み込んだときに、食道ではなく気道(気管)に入ってしまうこと。
- 体幹(たいかん)…首や手足を除いた胴体部分のこと。
- 不穏(ふおん)…医療や介護の現場で、ご利用者様が不安、イライラ、興奮などで落ち着きがなくなり、大声を出す、暴れる、動き回るなど穏やかではない状態。
- 長期臥床(ちょうきがしょう)…病気やけがなどにより、長期間にわたってベッドの上で過ごす状態のこと。
- 刻み食…噛む力や飲み込む力が低下した方のために、食材を細かく刻んで提供する食事形態。
- ミキサー食…食材をミキサーでペースト状にした食事。飲み込みが難しい方に提供される。
- 浮腫(ふしゅ)…毛細血管から染み出た水分が皮下組織に過剰に溜まった状態で、主に足、手、顔などの皮膚が腫れぼったくなり、指で押すと跡が残る。
- 公益財団法人 社会福祉振興・試験センター…厚生労働省の指定機関として、社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士の国家試験の実施や、合格者の登録事務を行う団体。










