【インタビュー】大妻女子大学名誉教授、是枝祥子先生が介護業界でイノベーションを起こすまで

大妻女子大学の名誉教授、町田市介護人材開発センター代表理事でもあり、介護業界を活性化させるため様々な活動を続ける是枝祥子先生。介護制度や教育もなかった時代に、ゼロから創り出すことに挑戦し続けてきた。

 

介護業界でイノベーションを起こした一人の女性の人生、経験の中で培った知識や想いをお伺いする貴重なスペシャルインタビュー。

介護との出会い

大学を卒業後、一般企業に就職したものの結婚を機に退職。その後、友人からの誘いもあり、福祉の世界へ。児童相談所や心身障害者更生相談所で経験を積んだ。

 

その後、ご主人が亡くなり、本腰をいれて働こうと決意したのが、特別養護老人ホームのお仕事だった。当時の施設は、是枝先生と同じく未経験者の方ばかりだったそうだ。

 

だからこそ楽しかった。形がないから作っていくことの喜びが山ほどあるの。介護についてのマニュアルもないし、あるのは医療のお堅いデータだけ。例えば、お風呂に入れる時。

 

データ上で○度の温度で入浴して血圧はこうで、体温は〇度で…ってルールが決められていたとするじゃない?でもね、普段の生活で毎回熱を測ったり血圧測定したり、面倒見る人がお家のお湯の温度測らないでしょ?『これは、おかしいよね』って職員間で話していくと、色々なことに疑問が湧いてくるの。

 

『私達の介護って一体何をすることなんだろう?』って。ただオムツを交換することだけが仕事なのだろうか。オムツの交換をするだけであれば別に誰でもいいってことになっちゃうじゃない。何のために私達がやるんだろうねって。

70人全員のオムツを、10ヶ月で外す方法

「なぜオムツが外れないのか」「本当にこの状況が、人生最期の過ごし方で良いのだろうか」是枝先生は、自問自答していた。

 

そして、周りの職員達も同じ考えを持っていたのだった。利用者さんとコミュニケーションを密にとっていくと「本当はオムツが嫌なんだ。オムツをつけているということ自体が恥ずかしいんだ」と本音を打ち明けてくれるようになった。

 

「本当はどうしたい?」と聞くと、「オムツを取りたい」という声がたくさん返ってきたそうだ。是枝先生や職員みんなで希望に応えようと動き出す。

 

交代勤務だから記録を書いてチームで連携をとっていくことが大事。上司からの理解は得られなかったけれど、私は80人分のノートとボールペンを買いに行ったわ。

 

次に必要なのは情報ね。「この人はなぜオムツになったのだろうか。なぜ施設に入ってきたのだろうか。もともとはどういう人だったのだろうか。今はどう思っているのだろうか。そして、彼らのオムツを交換する私達自身はどうなのか」っていうようにね。

 

ノートと情報を元に始めたのは、表の作成からだった。施設は3フロアあったから、各フロアでオムツをつけている利用者さんをリストアップして、尿意の実感の有無、出たとか出ないとかヒアリングをして、間に合いそうであればトイレへいってみようと実践を続けたの。

 

そうしたら、80人中70人近い人がオムツだったのに、なんと10ヶ月で全員外れたの!明らかな成果により、職員間でも、仕事を楽しむ雰囲気がどんどんできていったという。

 

「どうすれば良いか考え、実践して、工夫して、結果を記録して、振り返る。これこそが仕事だ」と。そして、次に湧いてきたのは「学びたい、もっと知りたい」という気持ち。当時の理事長がドクターだったこともあり、頻繁に勉強会を開き、職員達も率先して参加したという。

 

「腰が痛くなるのは、何故だろう?」と意見を出し合えば、理事長がリハビリの先生を連れてきてくれて勉強会をした。「みんなで学びながら成長していった。みんなで作っていったからこそ、楽しかった」是枝先生は、そう当時を振り返る。

 

是枝先生達の探求意欲は、まだまだ止まらない。日本の介護が遅れているのであれば、外国に学びにもいこうと行動する。そこでレクリエーションが海外と日本では大きく意味合いが異なることを知った。

 

日本の介護は、ホビーでもレクリエーションでもなく「活動」や「活気」といった意味を含む”アクティビティ”という言葉が的確なのではないかと。「ただ楽しいだけではなく、その人の生き方をどうイキイキさせるか、その人の持っている能力をどう活用し、生きがいや楽しみに結び付けるかが大切だ」と感じたからだ。

 

利用者さんに介護のサポートをやってあげているという考え方は絶対に違う。利用者さん達は問題を提供してくれる人。認知症の人も問題がある人ではい。だから私達は、介護する人じゃない、問題を解決する人。そう捉えていくと楽しいと思うの。

市を巻き込んで、高齢者社会の問題に取り組む

研修や連絡会などの会議の場には、町田市役所の担当者が参加するそう。イチ連合会の会議に市の担当者が参加するという話はあまり聞かない。

 

市役所の人って忙しくて現場に行かれないじゃない。だから現場の意見を会議で共有して、課題を参加者が把握することが大事。私達の活動は、当事者団体として会員からの会費と、市から助成金をいただいて運営しているので、現場と市の架け橋になっているの。

 

各種研修も自分達で企画して開催しているのよ。一方では、人材不足の折、委託業務として、認定調査を受託しているの。ケアマネージャーとしてバリバリ働くのは辛いけど、働きたい意欲のある65歳以上の方達にも、自分たちの介護予防や地域貢献、やりがいを兼ねて認定調査の仕事をお願いしているのよ。丁寧で質も高く感謝です。

 

意欲のある人に、イキイキと活躍し続けて欲しいという是枝先生の熱い想いが伝わってくる。

 

他にも、50歳以上のアクティブシニアの方々に対して活躍の場を広げようと、周辺業務=介護を支える仕事(清掃、ベッドメイキング、配膳などの周辺業務)を任せてみようと2年前から新たに取り組みを始めたそうだ。

 

当初の目標は10名程度だったが、助成事業を申請しやると決めたら全力で取り組むセンターの職員や是枝先生達の頑張りによって、数名の方が就労し、結果40名の支援をサポートできたそうだ。

同じ人間同士、立場も職種も越えた介護が必要

私は介護職からスタートして、相談員、副施設長とキャリアを積んでいったの。私は介護に関わる全ての人は「対等な関係で成立している」と思っている。

 

上下関係なんてない。同じ人間として、何かができない人・不都合がある人がいるなら、私達は元気だからできるじゃない。ただやればいいわけじゃなくて、その人を知って、いろんなことを聞きながらやるし、やるからには知りたいじゃない。

介護の学問化

なぜ援助や支援が必要なのかという「根拠」を示すことで、介護の本質を理解してもらえる。何事にも「根拠」が大切なのだと、気付いたの。

 

ある日、普段は自分の希望を積極的に言わないような、90歳過ぎのおばあさんが『桜が見たいなぁ』って言うのよ。見せてあげたいって思うでしょ?

 

だから、安全な道を探したり、付近の病院を探したり、細かいところまで確認してカンファレンスを進めたの。でも主治医は「だめ」って言うわけ。元気になったら連れて行きなさいって。90過ぎのおばあさんがいつ“元気”になるのよって思うじゃない?

 

医者からはね、「あなたたちは勘とコツと度胸でやっている。医療は科学があって研究化されてやっているもの。同じ土俵に立っていると思われても困る。主治医が指示したことを行うことが正しいんだ」って言われたの。

 

凄く悔しかったけど、果たして介護の大切さをお医者さんに理解してもらえるように説明できるかと言われるとできないなって気付いたの。このまま進んでいくと、格差が開くだけなんじゃないかって…だから、介護を学問化しないといけないと思った。

 

その頃、たまたま大妻女子大学で新しい学部を創設する際、在宅ケア経験者の助けが必要だと私に声がかかったの。「今までやってきたことをきちんと統計や、構造化して積み上げていかないと意味がなくなってしまう。介護の実践をしていなければ、現場で働く人たちと共有できる学問が生まれない」と思ったの。ドクターに負けてたまるかってね!(笑)

 

こうして、介護の学問化をすすめていくことになった是枝先生に、介護を学問としてどのように捉えるかお伺いした。

 

”介護は実践の科学”だと思うの。介護は公式があって当てはめるものじゃなくて、実践をしながら、振り返り、分析し、またやり方を変えてみたりするものだから。感情だけでやるのではなくて、きちんと『根拠』がある。だから介護職って誰にでもできるって言われると、カッとしちゃう!(笑)

日本の社会課題とされている人材不足

2025年には約30万人の介護職員が不足すると言われている。国としても様々な対策を講じて、この問題に立ち向かっているが、介護業界を牽引してきた是枝先生の考えを伺った。

 

人手不足というより、介護に魅力を感じていないから離れていってしまっていると思うのよね。自分達で考えて、試行錯誤しながらやっていくところに面白さがある。誰にでもできるわけじゃないから、凄く楽しいはず。

 

自信を持って言えるのは、介護では”心が響きあって、共鳴しあう”ということ。もちろん毎回ではなくても、その瞬間凄く充実感がある。認知症や、植物人間みたいになったら、なんの反応もないって決め付けてはいけないの。

実際にね、認知症の利用者さんと若い職員さんの素敵なエピソードがあるのよ。

 

口腔ケアを作業のように終わらせてしまう人もいるのだけど、彼女は必ず「○○さん」と名前を呼ぶの。「口綺麗にしますね」って声をかけながら、凄く丁寧にケアを続けていった。寝たきりではなく、ちょっと身体を起こしてみようかなんて少しずつ変化を加えながら約半年間継続した。

 

ジュースを飲んでもらう時も、買ってきたものをただあげるんじゃなくて、りんごをその場ですりおろして飲んでもらえるよう工夫した。そしたらね、少し笑うようになった。そこから何ヶ月かかったかな、ごはんを食べられるようにまでなったのよ。

 

もしその可能性を誰も信じなければ、その人はそれっきり植物人間で、そのまま人生終わっちゃう。ほんの少しのことでいいの。目の前で季節の果物を絞って「桃の季節だよ」「○○さんのために美味しそうなみかん買ってきた~」なんて、凄く大事にされている感じがするじゃない。

 

だからその職員が来ると目を開く。ちゃんと心は、相手に伝わることの証明を見たわ。人間ってそういうことが大切なの。だから介護は楽しい。それをやっている人たちが気付いて発信していかなきゃだめよね。

 

是枝先生は、町田市と連携を取り、様々な取り組みを行っている。『アクティブ福祉in町田』というイベントを紹介したい。このイベントは、介護現場から介護の素晴らしさを発信し、市内の仲間の繋がりと支え合いの中で、地域と共に成長することを目的に始まった。

 

発表者は介護施設の職員以外、介護事業所等職員、養成校の学生や関係機関の職員など多岐に亘る。優秀な発表内容だった方には、トロフィーが授与される(市長賞・審査員賞・教育奨励賞)市内の介護現場の士気の向上と介護の質を高めてきた。現在もなお、介護に携わる全ての人達がイキイキと働ける仕組みを作り、積極的に発信しているお姿に感銘を受けた。

介護業界に携わっている方、興味を持ってくださっている方に向けてメッセージ

私が伝えたいのはシンプルなこと。とにかく楽しいから一度一緒に体験してみませんか?そして、みんなで一緒にまた考えていきましょう!

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